こんにちは、メンタルトレーナーの葉月です。
精神的なものが原因で、パフォーマンスの低下や運動障害を起こすことが「イップス」と呼ばれ、プロのスポーツ選手だけでなく、スポーツを頑張る子供達までも苦しめてしまうことがあります。
先日も男子バスケットボール部に所属する中学生のカウンセリングを行いましたが、彼の場合は、過去の栄光と失敗が今現在の自分を苦しめているという状態でした。
現在は通常の練習メニューをこなせるまでの回復に至りましたが、彼はとても真面目な性格なため、限られた時間を空白の時間にしてしまったことに対して、いまだ消化しきれない思いが残っているようです。
今回は、彼のようにイップスに悩む子の話を踏まえ、「イップスにはどう向き合って克服すればいいのか」について考えていきたいと思います。
スランプとイップスの違い
競技パフォーマンスが低下する点を考えれば、イップスとスランプは似ているように感じます。
スランプは一時的にパフォーマンスが低下したり、自分の持つ力が上手く発揮できなくなることをさしますが、スランプはするべき努力を続けていれば、そのうち抜け出すことができます。
しかしイップスは違います。
不安や恐怖のよみがえりを繰り返し経験すればするほど、その不安や恐怖感がどんどん大きくなり、最終的には自分で感情のコントロールが効かないものとなってしまいます。
消してしまいたいと思っている記憶ほど鮮明によみがえってしまうもので、嫌な記憶を忘れたいと思えば思うほど脳は何度もリピートしてさらに記憶を脳へインプットしてしまいます。
そしてイップスの辛いところは、周りからの理解を得られないというところです。
イップスになれば基本的な競技動作すらできなくなることがあるため、コーチやチームメイトから「馬鹿にしてるのか?」「ふざけているのか?」と言われる。
そう言われた本人はどんどん追い込まれ 「負の無限ループ」に陥ってしまうのです。
イップスになる主な原因
イップスは「失敗してはいけない」と強く認識した時に起こるケースがほとんどです。
そのパターンは大きく分けるとふたつあります。
ひとつ目は過去に経験した失敗のフラッシュバックです。
「大事な試合の大事な場面で自分が失敗してしまったので負けてしまった」そして同じような場面に出くわした時に「また同じ失敗をしてしまったら」「もう同じ失敗はしてはならない」と強く思うことでイップスを起こすことがあります。
ふたつ目は今までに感じたことのない緊迫感です。
これは実際にあった野球選手の話です。幹也君という素晴らしい能力を持つ高校2年生の選手がいました。
彼が通う高校は甲子園を目指して日々の練習を頑張っていましたが、3年生のピッチャーが腕を負傷し最後の引退試合に間に合うかどうか・・・という状態でした。
そこで監督からは幹也君がピッチャーを任命されました。幹也君は今までも度々試合に出ては結果を残していましたし、何より先輩達から信頼されていましたので、監督もこの采配に不安はなかったと思います。
そんな幹也君の順調な野球人生に転機が訪れたのは、試合を1ヶ月前に控えた練習中でのことでした。
「1ヶ月後には先輩達の大切な試合。そこで自分が失敗してしまったら先輩達の夢を壊してしまう。何が何でも失敗はできない」と気合いを入れて練習へ挑みました。
自分の体に違和感を感じたのはその時です。先輩バッターへ向けてボールを投げるてもストライクが入らず、挙句の果てには先輩の足元へボールが落ちる始末。
幹也君は体調が悪いわけでもないのに、体に力が入らずとにかく今までに感じたことのない感覚があったと話します。
当時の幹也君には一体自分に何が起こっているのかも分からず、周りからは「集中しろ!」「真面目にしろ!」と言われるようになり、ボールを投げることが嫌になったと言います。
結局彼はメンバーから外されて他の選手がメンバー入りしました。
このようにパターンは違っても「失敗してはならない」と強く感じた時にイップスが起こるとされています。
バスケ選手が起こしたイップスの話
これは中学でバスケをしていた男子生徒のお話です。
彼は小学生の頃からバスケをしており、その当時から地元では「エース」として有名な選手でした。彼は中学生になっても選手として一目を置かれていましたが、彼の頑張りすぎる性格と過酷すぎるスポーツ指導の結果、左足に重度のオスグッドを引き起こし、歩行にすら支障をきたすほどでした。
しかし、顧問は彼に「痛みと付き合いながらやって行くしかない。スポーツに怪我は付きものだ、弱音を吐いたら負けだ!」と言い続けました。
彼は専門の施設でリハビリトレーニングを行いながら練習へ参加していましたが、症状は悪くなるばかりで、大事な試合では右足までも痛みを感じるようになり、本来の力の30%も出すことができませんでした。
その後、彼が試合でコートに立つことは二度とありませんでした。
その原因は怪我というより「イップス」でした。
彼はその後トレーナーの指示で練習を休み、膝の痛みは引いたけれど、今までできていた単純な動きすらできなくなってしまったのです。
そして試合前になると、膝が痛み出すのです。ボールが手に付かなくなり、シュートも入らなくなる。ポイントガードだった彼にとってはとても致命的な状態でした。
そして彼は「もう体育館にいること自体が辛い」と言い、コートから立ち去ってしまいました。
彼のお母さんにお話を聞くことができたのですが、ボールを手に持つと顧問の「また逃げるのか?」「気持ちで負けているから痛みを感じる」という言葉が頭を駆け巡り、全身の力が抜けていく感じがすると言っていたようです。
彼はとても有能な選手だっただけに、本当に悔やまれてなりません。
イップスの主な症状
- 著しい競技能力の低下
- 筋肉の硬直
- 体の一部が痙攣を起こす
- 異常な緊張感
- 手足に力が入らない
ゴルフを例にすると「体が硬くなっていつも通りのスイングができない」「簡単なパターなのに、強く打ち過ぎたり弱く打ってしまう」などがもっとも多く見られる症状です。
つまりイップスとは「今までは何も考えずできていた当たり前の動作」ができなくなってしまった状態をいいます。
また「通常通りの動作ができない」という点以外で主な症状はなく、「倦怠感」「やる気の低下」など体の不調がみられることはあまりありません。
イップスになりやすい人
- 真面目な性格
- 責任感が強い
- 人に気を使いすぎる
- 喜怒哀楽の感情を表に出さない
イップスに対して「メンタルが弱いから起こすんだ」「練習が足りていない証拠」だという方がいますがそれは大きな間違いです。
幹也君のように今まで何度も結果を残してきた選手でも、何かをきっかけにイップスを起こすことはあるのです。
そして最も注意したい点は、イップスに陥るのは責任感の強い選手が多いため、そうなった自分を責めることでさらにメンタルをボロボロにしてしまうケースが目立つということです。
イップス5つの克服法
克服法1.イップスを知る
イップスを起こした時に一番厄介なのが「自分の体で何が起こっているのか分からない」ということです。
例えば高熱が3日間続いたとします。風邪薬を飲んでも抗生剤を飲んでも解熱剤を飲んでも症状は改善されない。
原因が分からなければ「とんでもない病気では・・・」と本人も親も不安になると思います。
しかし、その原因が「インフルエンザ」と分かれば「あっ、なるほど・・・。じゃそろそろ熱も下がるな」と安心できますし、少し気分が良くなったりもするでしょう。
イップスも同じです。自分の体に起きている異常を知って対処しなければ、不安や恐怖感を消すことはできません。イップスという言葉は少し重く感じてしまうかもしれませんが、まずはイップスに陥った状態をしっかり受け入れることが大切です。
克服法2.口角をあげる
人の感情がもっとも出やすいところは「表情」です。
悲しい時や不安を感じている時は「不安そうな顔」になりますし、ワクワクしている時や楽しい時は「幸せそうな顔」になります。
それは脳の感情を司る部分と表情はリンクしているからで、その通路は「脳から表情」の一方通行ではなく、表情を作ることで脳の感情を左右することができるとされています。
つまり「幸せそうな顔」を作るのです。そのためにはまず「口角」を上げます。そうすることで脳がポジティブ思考になりイップスの原因「不安症」を和らげることができます。
克服法3.原因と向き合って少しずつ前へ進む
競技能力を向上させるためには、辛い練習や地道な努力から逃げないことが必要ですが、イップスに対して「逃げてはいけない」「負けてはいない」などの考えは絶対にNGで、まずはそうなってしまった原因と向き合うことが必要です。
そして少しずつ「成功の体験」をして、本来持っていた「自信」を取り戻しましょう。
また、人間の脳の仕組みを利用した克服法も有効です。人の脳は本当に体験した成功と、イメージした成功の区別や認識ができないためイメージトレーニングも効果的だと言えます。
イップスの原因は「不安」から起こることがほとんどなので、悩めば悩むほど不安は強くなり、いい方向へ進んでいくことができません。少しづつでも行動へ移していくことが大切です。
克服法4.現場から離れない
イップスが起こることで今までしていたスポーツが嫌になってしまうケースも少なくありません。
しかしスポーツの現場から距離を置いたり、お休みすることはオススメできませんし、それが正しい対処法とは言えないでしょう。
怪我や病気は競技中でなくとも起こりますが、イップスはコートやグランド内で競技を行なっている際に起こります。
つまりはイップスが改善したか判断するのもコートやグランド内でプレーしている時なのです。
そのため本人の個人的なカウンセリングと併せ、指導者やチームメイトのイップスに対する理解が重要となります。
克服法5.「恐怖感」を自分から解放する
過去の記憶がよみがえって苦しいときは、我慢はせずその原因となっている「傷」を受け入れることが大切です。
心から込みあがってくる「苦しい感情」を抑えようとすればするほど、自分が思っている以上に心は大きなストレスを感じています。
そして強いストレスは心と体を破壊しかねません。だからこそ苦しい感情をごまかそうとせず、全てを受け入れ感情を外へ解放することが大切なのです。
最後に
今回は「イップスになる原因と効果的な克服法」についてお伝えしましたがいかがでしたでしょうか。
イップスに関する理解や知識はまだまだ浸透しておらず、イップスを起こしてしまった選手にとっては本当に辛い体験となります。
スポーツをするうえで「失敗」「挫折」「スランプ」などマイナスと思われる体験でも、結果的に自分の力となる経験も多いのですが、イップスはそうではないケースが多いようです。
実際にイップスを起こした選手からは「今思い起こしてもあの経験が自分の力になった」とは思えないし、できれば二度と同じような体験はしたくないと聞きます。
それだけイップスは辛い体験なのです。選手本人がイップスを克服できるかどうかは周りの環境と理解も大きく左右すると言っていいでしょう。