スポーツをする子供の挫折|大きく影響する親のあり方とは

2015年12月5日ペアレーチング

挫折を挫折で終わらせず「一生の力」とした3人のトップアスリート達

トップアスリートと呼ばれる選手たちは一見華やかに見えますが挫折を味わっていない選手は存在しません。

今回は「マイケルジョーダン」「本田圭佑」「桑田真澄」の3人のトップアスリートの挫折についてお話したいと思います。

マイケルジョーダンの挫折

ジャンプの滞空時間の長さから、「エアー・ジョーダン」という愛称で愛され、バスケットボール界の神様と評されたマイケルジョーダンですが、彼も高校時代に「選抜チームから漏れる」という大きな挫折を味わっています。

マイケルの身長は当時180cm足らずで、ずば抜けて高身長というわけではなく、選抜で選ばれたのは、当時身長が196cmあった「リロイ・スミス」でした。

選抜チームから漏れたマイケルは、家に帰って一日中、泣いていたといいます。

しかし、マイケルはその時、この挫折をばねに「最高のプレイヤーになる」ことを決断しました。その決断がのちに「バスケットボール界の神様・マイケル」を生みだしたのです。

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挫折を踏み台にした桑田真澄

ジャイアンツの練習グランドには、2軍選手が敬意を込めて「クワタロード」と称した1本の道がありました。

グランドの芝生の縁に沿って、ひと筋にきれいに芝が抜けているその道は、胸のケガのためにボールを握れなかった2年間、桑田さんが毎日黙々と走り続けたコースでした。

投手でありながらボールを握れない2年間はとても辛かったと思います。多くの人は、「絶望感」「恐怖感」「不安感」に襲われ投げ出したくなるのではないでしょうか。

それでもケガを克服し、再びマウンドに立った桑田さん。「自分の将来」を信じて自分の今やるべき努力を黙々こなしていった結果なのでしょう。



中学時代に味わった本田圭佑の挫折

イタリアの名門ACミランに日本人で初めて所属し、10番を背負うなど日本サッカー界にとって欠かせないプレーヤーとなった本田圭佑選手も中学時代に大きな挫折を味わっています。

当時の本田選手は強豪のガンバ大阪ジュニアユースに所属しており、一つ上のユースチームへのセレクションを受けることになりますが、これが不合格。

しかし、これをきっかけに「絶対にプロにならねばならない」と志をより強固なものにし、高校卒業時に名古屋グランパスエイトと契約します。

その後は2008年に海外へ渡り、ついには「セリエAの10番になる」という小学校の卒業文集に書いた夢を叶えました。

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まとめ

今回は「スポーツをする子供の挫折|大きく影響する親のあり方とは」についてお伝えしましたがいかがでしたでしょうか。

挫折を辞書で調べると「目的を持って続けてきた仕事などが途中でだめになること」とありますが、挫折とはそれほど悪い経験ではありません。むしろ長い人生において、挫折ほど大切なことに気づかせてくれる機会はないのです。

長い人生で一時の挫折とはいえ、挫折を味わっている本人にとってはとても辛い時期であるのは確かでしょう。

「もう駄目だと」絶望的になったり、「やってられるか」と投げやりになったり、その辛さは経験した本人にしか分かりません。

しかし、それをかっこ悪いだとか、惨めだとか感じる必要はないのです。周りからの評価に振り回される必要もありません。

挫折とは、何かひとつの事に一生懸命に取り組んでいれば、必ず誰もが経験するものなのです。

2015年12月5日ペアレーチング

Posted by kids-athlete